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東京高等裁判所 昭和35年(ナ)6号 判決

原告 加藤平治 外一四名

被告 新潟県選挙管理委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「昭和三十五年二月十四日執行の新潟県佐渡郡赤泊村長選挙における当選の効力に関する訴願につき、被告が同年四月三十日なした裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

一、原告等は何れも昭和三十五年二月十四日施行の新潟県佐渡郡赤泊村長選挙に際し、その選挙人であつた。右選挙において訴外野沢安太郎及び本間一郎の両名が立候補し、開票の結果、当該選挙会は同年二月十四日各候補者の得票数を、野沢安太郎千五百二十三票本間一郎千五百二十一票と認めて野沢安太郎を当選人と決定したところ、同月二十二日選挙人本間雅雄外三十二名より右当選の効力につき赤泊村選挙管理委員会に異議の申立をなし、同年三月六日同委員会が却下の決定をするや、これを不服として更に被告委員会に対し訴願を提起した。被告委員会は審議の上、同年四月三十日付を以て赤泊村選挙管理委員会の右却下決定を取り消し、本件選挙における当選人野沢安太郎の当選を無効とする旨の裁決を与えたが、その理由とするところは、投票総数三千五十七票有効投票三千四十七票中、野沢安太郎の得票は初に同人の得票として仕分けされていた投票綴中より発見された本間一郎票二票を減じた千五百二十一票であり、本間一郎のそれは右の二票と従来無効投票とされていたもののうちより同人の有効投票と判定される三票を加え、千五百二十六票となるので、結局五票の差を以て多数を得た本間一郎を当選人とすべきであるというにある。而して被告委員会の右裁決要旨は同年五月二日付新潟県報号外に登載され、右は同月十一日印刷頒布されてその告示を了したものである。

二、しかし、被告委員会の裁決は投票の効力判定上、以下詳述するとおり幾多不当の点があるので、到底取消を免れない。

(一)  投票の混在について

各候補者の有効投票は五十票単位に一綴として表紙を付し、肩の部分をこより(紙撚)で編綴してあるところ、本間一郎票の混入していたという野沢候補の得票綴には、穴が二個あつて、その一個にこよりが通されているけれども、右混票にはその二票ともこよりの通ずる一個の穴だけしかない。これは右二票の本間一郎の記載が同一筆跡であることと、用紙の折れ目の汚れ具合と相まち、各候補者別の投票整理完了後になつて、何者かがひそかに野沢候補の得票綴中から二票を引き抜き、未使用の投票用紙に本間一郎の氏名を記載してこれと差換え綴込んだことを推測せしめるものである。それ故右混票二票は無効とすべきものである。仮りに投票差換の事実が断定し得られないとしても、右二票には意識的に他票と異る折れ目及び汚れを付してあるので、候補者の氏名以外に記号若しくは符号を記載した場合と同視し、無効とすべきである。

(二)  その他被告が本間一郎に対する有効投票と判定したもののうち、無効とすべきもの、

(1)  「」(当審検証調書添付写真番号―以下単に写真番号という―35)とある投票は、わざわざ候補者以外の本間正夫の名を記載した上、その名の部分を抹消し、これにより投票者が何人であるかを知らしむべく意識的に作為したものであるから、他事記載に当り、無効である。

(2)  写真番号38の投票は、「ほんま一郎」と記載し、これを消して「ホンメ」と書いたものである。これは投票者が本間一郎に投票せんとして「ほんま一郎」と記載した後に、その意思を飜し、本間候補に響かせて競馬用語の「本命」を意味する「ホンメ」とやゆ的に記載したものと解されるので、結局他事記載として無効とすべきである。

(3)  「本間市郎(ほんまいちろう)」(写真番号43)票の振仮名は、明かに意識的に投票識別のために記載されたものと見られるから、該票は無効である。

(4)  写真番号45「」の投票も他事を記載した無効票である。即ち候補者名の左側上部に「ヤマモ」と記載した上これを抹消してあるのは、赤泊村に「川茂」という部落はあるが「山茂」なる部落はなく、且つ村民として部落名を書き誤ることは考えられないし、本間候補は川茂部落に居住するものでもないので、全く投票識別のために意識して記入したものと見る外はないからである。

(5)  「本間一太郎」(写真番号24)「ほんまいちたろう」(写真番号34)の二票は、選挙会が無効と決定した「本間一太郎」票(写真番号1)と同様、候補者本間一郎と野沢安太郎の両名の名を混記したものと見るか、或は赤泊村に「一太郎」「市太郎」名の選挙人が十一名もあるところから、候補者でない者に対する投票と解すべく、右何れにしても無効である。

(6)  写真番号23・26・53・54・55・56・65の「本門一郎」とある七票及び同39・64の「本門」とある二票は、最後まで勝敗の予断を許さなかつた激しい選挙戦において、得票数を予め確認しようとする必要があつて、投票者を暗示すべく、故意に「間」を「門」と記載したものと見られる。佐渡において本間姓を名乗る者は後藤姓に次いで多く、島民でありながら「本間」を「本門」と誤記することは、通常あり得ないところであるから、右の九票は勿論無効である。

(7)  「木門一郎」(写真番号51・68)及び「木ま」(写真番号67)とある三票は、故意に投票者を暗示し、識別するために記載されたもので、前(6)と同様無効である。

(8)  単に「一郎」とだけ記載してある四票(写真番号9・44・58・63)は、本間及び野沢の両候補者の氏名の末字が「郎」であることと、赤泊村(注1)に「一郎」と名乗る選挙人が五名もあることから考え、直ちに本間候補に対する有効投票と断定することはできない。

(9)  「」(写真番号7)「本間一郎」(写真番号8)「」(写真番号18)「」(写真番号19)「」(写真番号21)「」(写真番号28)「」(写真番号30)「」(写真番号37)「」(写真番号41)の各票は、何れもその記載の態様から見て、単なる誤記訂正ではなく、有意の他事記載あるものとして、無効とすべきである。

(10)  「ボンマ」(写真番号2)「ボンマイチロウ」(同3)は、候補者本間一郎の氏名の外に、侮蔑的の意味を含めて濁点又は半濁点を記載したものであるから、無効である。赤泊村及び佐渡全島にわたり、本間(ほんま)姓を名乗るものは多いが、これを「ぼんま」若しくは「ぽんま」と呼ぶことは絶えてなく(文法上も、本の字が上につくとき「ぼん」又は「ぽん」と発音することはない)ことさらそのように呼ぶときは、侮蔑的意味を表わすものと受取られている。従つて右の二票は他事を記載した無効票である。

(三)  被告が無効投票としたもののうち、野沢安太郎の有効投票とすべきもの、

(一)  「のざわう一」(写真番号4)、「わざわういち」(同5)の二票は、野沢候補の有効投票とすべきである。即ち候補者野沢安太郎の実父に野沢卯市なる者があり、同人は赤泊村における名望家であるが、当時九十一歳を越える高齢者で、既に隠居し且つ病身であるため、公的活動は勿論社会的交際から一切遠ざかつていたものであるし、一面卯市は安太郎の通称と認められ、仮りに通称でないとしても誤記と見るべきであるから、前記の二票は候補者野沢安太郎に宛てられた投票と解するのが常識上妥当である。

(二)  「」(写真番号6)と記載した投票は、運筆稚拙であるけれども、「野沢君」と判読できるので、敬称を付した野沢候補に対する有効投票とすべきである。

三、以上の如く、被告が本間一郎に対する有効投票としたもののうち、三十六票は無効であり、また無効と判定した投票中三票は野沢安太郎の得票に加算すべきであるから、結局野沢安太郎の得票数は本間一郎のそれより三十四票多い千五百二十四票となり、野沢安太郎を当選人とすべきこと勿論である。従つて同人を当選人とする決定に対する異議申立を却下した赤泊村選挙管理委員会の決定を取り消し、右当選を無効と宣言した被告委員会の訴願裁決は不当につき、これが取消を求めるため本訴に及んだ次第である。

被告は原告等の請求を棄却する判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告等が本件選挙における選挙人であること及び選挙の執行より被告委員会の裁決並にその告示に至る経緯についての原告等主張事実はこれを認める。

二、投票の効力に関する原告等の主張は凡て争う。

(一)  訴願審理に当り、被告委員会が野沢安太郎の得票綴中より発見した本間一郎票二票は、選挙事務従事者の投票整理上の粗漏により過つて混綴されたものであつて、事後に何人かが投票を差換えたとするが如きは、無根の幻想にすぎない。元来そのようなことが起り得るためには、未使用の投票用紙を何者かが不正に入手し、選挙長及び選挙立会人が封印した投票包を開披しなければならない訳であるが、これ等二つの行為が行われた証跡は全く認められないのである。

即ち赤泊村選挙管理委員会が本件選挙につき調製せしめた投票用紙三千六百枚(損傷紙を焼却処分した後の完全なもの)のうち投票総数三千五十七枚を差引き使用残の五百四十三枚は、村長室にある施錠ある書庫に入れて保管され、一枚も持出された事実はない。また開票並に投票点検に際し、多数の参観人が参観し、監視の警察官が臨席している状況の下で、投票の差換が行われ得る筈はなく、選挙長が有効投票と無効投票とを各別に包装し、各選挙立会人と共に確実に封印した後には、その包が勝手に開披されたことを疑うべき形跡は何等存しないのである。原告等は問題の投票綴中の各票には二個の錐穴があるに反し、二票の混票にはそれが一個しかなく、且つ特異の折れ目及び汚れが存することから、投票差換の事実を推測し得る旨主張するけれども、こよりを通した錐穴は何れも一個で、他の一個の穴は被告委員会の訴願審理に際し、投票の写真撮影に当つた技師が画鋲で投票をハトロン紙に固定したことによつて生じたものであり、また投票の折れ目及び汚れは、その際被告委員会が該票を折つて各委員の点検に供したことによるものであるから、原告等の主張は当らない。なおこの二票における「本間一郎」の記載が同一人の筆跡にかかることは否認する。しかし、仮りに同一筆跡であるとしても、本件選挙においては選挙人九十二名について代理投票が行われたのであるから、同一筆跡の投票のあることは何等異とするに足りない。

(二)  原告等が無効と主張する各投票について

(1)  「」票は、候補者本間一郎の姓を知り、名の記憶不正確な者が本間一郎に投票しようとして、名の記載を誤り、これに気付いてその部分を抹消したものと認められるから有効である。

(2)  写真番号38の投票には別に「ほんま一郎」の記載はなく、(これは写真撮影の際、下敷とした票が写真に透けて写つているにすぎない)単に本間の姓を誤つて「ホンメ」と記載したものにすぎない故、勿論有効とすべきである。

(3)  写真番号43「本間市郎(ほんまいちろう)」の投票は、本間一郎の名の文字の記憶不正確な者が、最初名を誤つて「市郎」と書いたが、正確を期するために振仮名を付したものと認められるので本間一郎に対する有効投票である。

(4)  写真番号45の「ホンマ一郎」とある票の「ホンマ」の脇に「ヤマモ」と記載してこれを抹消してあるのは、投票者が不用意に本間候補の有力な後援者である本間雅雄の住所と本間候補のそれとを混同し、本間雅雄の住所地である部落名「川茂」を誤つて「ヤマモ」と記載したが、その二重の誤りに気付いてこれを抹消したものと解される。またその記載が地名以外の何事かを記載したものとしても、明かに抹消してある以上、これを他事を記載した投票と見るべきではない。

(5)  「本間一太郎」「木間一太郎」「ほんまいちたろう」の三票(写真番号1、24・34)は、赤泊村に「一太郎」又は「市太郎」名の選挙人が十一名あつても、何れも本間一郎の名を誤記したものと認められる。

(6)  「本門一郎」又は「本門」と記載した九票は、何れも文字を書くことに不馴れな者が本間候補の姓を誤記したものと見られる故、有効である。

(7)  「本門一郎」又は「木門」とある投票も、同様である。

(8)  単に「一郎」と記載した四票は、何れも候補者本間一郎の名を記載したもので明かに野沢安太郎の名と区別しうるから、仮令赤泊村に一郎名の選挙人数名あるとしても、本間候補に対する有効投票と判定すべきである。

(9)  写真番号7、8、18・19・21、28・30、37・41の各票は、その記載自体から見て、文字に習熟しない者が候補者本間一郎の氏名を書こうとして誤記した部分を抹消訂正したものと見られ、それは投票識別のために故意になしたものとは認められないので、本間一郎に対する有効投票とすべきである。

(10)  「ボンマ」「ボンマイチロウ」の二票は本間候補の氏名に濁点又は半濁点を付してあるけれども、その部分が特に大きいとか濃いとかいう訳でなく、且つ佐渡地方において本間姓の者に対し侮辱の意味を表わすために「ボンマ」「ポンマ」と呼称する事実もないので、結局文字を書くことに不馴れな選挙民が、国字「本」を「ボン」又は「ポン」と発音する関係上、誤つてかく記載したものと解すべく、これを他事記載と同視するのは妥当でない。

(三)  写真番号6の「」と記載してある投票の「」は、原告等主張のように「君」と読むことができず、「卯一」または「宇一」と記載したものと認めるのが相当であつて、これは同4、5の「のざわう一」「のざわういち」票と共に、明かに候補者野沢安太郎の実父である野沢卯市に対する投票と見ざるを得ない。右野沢卯市は、明治二十八年九月新潟県会議員に当選してより大正八年九月まで同県会議員として当選七回、在職二十四年の長きにわたり、その後昭和五年二月衆議院議員に当選し、昭和七年一月国会解散までその議席を有しており、昭和三十三年四月一日赤泊村名誉村民条例により村内唯一の名誉村民に挙げられ、その功績を讃えられている者で、赤泊村の名望家であり、佐渡島内は勿論広く県内にその名を知られた著名人である。同人は既に老齢とはいえ今なお健在であつて、その名が候補者野沢安太郎の通称となつている事実はないから、右三票は同候補者に対する有効投票とすることはできない。

三、以上縷述したとおり、原告等の主張はいずれも失当であつて、赤泊村選挙管理委員会の異議却下決定を取り消し、野沢安太郎の当選を無効とした被告の裁決には、何等違法若しくは不当の廉はないから、本訴請求は棄却さるべきである。(証拠省略)

理由

原告等が昭和三十五年二月十四日施行の新潟県佐渡郡赤泊村長選挙に際し、その選挙人であつたこと、右選挙において野沢安太郎及び本間一郎の二名が立候補し、選挙の結果当該選挙会は野沢安太郎を有効投票の多数を得た当選人と決定したところこれに対し異議訴願が提起され、被告委員会において赤泊村選挙管理委員会の異議却下決定を取り消し、野沢安太郎の当選を無効とする裁決をするに至るまでの経過的事実については、本件各当事者間に争がない。よつて次に投票の効力判定に関する原告等主張の点につき判断する。

一、野沢安太郎の得票綴中に混在する本間一郎票について、

原告等は、野沢安太郎の有効投票綴中の各票には右混票を除き何れも錐穴が一個だけしかないこと、筆跡が同一であること及びその用紙の折れ目汚れ具合等から見て、何人かが後日投票を差換えたと推定される旨主張する。しかし、当裁判所の投票検証の結果によれば、問題の投票綴中の各投票(本間一郎票を含む)にはこよりを通ずる錐穴は何れも一個だけしかなくて、二個はなく、ただ鋲又は針による刺痕様の小穴が他に一個存するに止ることを明認しうべく、この事実と証人小田重雄の証言に徴すれば、右の小穴は被告委員会が訴願審理のため投票の写真撮影を行つた際、投票を画鋲で固定したことにより生じたものであると認められる。そして右の投票綴は、開票並に投票点検の手続終了後、選挙長において選挙立会人立会の下に他の投票綴と共にこれを厳重に包装して封印し、被告委員会が訴願審理の必要上開披するまで、その包装が破られた形跡の存しないこと及び、投票後何人かが別の投票用紙に本間一郎の氏名を記載して野沢安太郎と差換えたとすれば、当然未使用投票用紙の数に異動を生ずべき筈のところ、赤泊村選挙管理委員会当局の調達した投票用紙三千六百枚(印刷押印等の不完全なものを焼却した残余数)より、投票に使用した三千五十七票(その数は実際の投票総数に符合する)を控除した残紙五百四十三枚は、投票終了と共に残存枚数を確認した上一括して村長室内の施錠ある箱に収めて保管され、現にその数に変動のないこと等の事実が、検証の結果並に証人近藤庄吉、北村譲孝、金子直樹等の各証言により明白である。これ等事実に照せば、原告の主張する投票差換が行われたものと想像することは困難であつて、右投票の混在は、投票の点検、整理の作業に従事した当局者の過誤により生じたものと認めるの外はない。なおこの混票二票における本間一郎の氏名の記載が同一人の筆跡であるということは、当該投票(写真番号70・71)を比較対照して見ても、即断し難いところであり、投票の折れ目汚れ具合等にも別段疑を容れる節はなく、格別の意味を発見することはできない。結局、投票差換の主張は採用の限りでなく、且つ右投票の折れ目汚れ等は投票者が識別のため故意に付したもので、他事記載と同視すべきであるから、その投票は無効であるとの原告等の主張もまたこれを採用し得ない。

二、本間一郎の得票中、原告等が無効を主張するその余の投票について、

(1)  「」と記載してある投票(写真番号35)は投票者が候補者本間一郎の氏名を記載するに当り、その名を「正夫」と誤記した後直ちにその誤に気付いてこれを抹消したものと解されるので、本間候補に対する有効投票とすべきである。

(2)  「ホンメ」と記載した投票(写真番号38)は、本間候補の姓を誤記したものと認むべく、競馬用語の「本命」をやゆ的に記載したとは到底見られないので、有効とすべきこと勿論である。なお原告等は「ホンマ一郎」と記載しながら、これを消して別に「ホンメ」と記載したものであると主張するけれども、そのように見える検証調書添付写真は「ホンメ」と記載した票の下敷となつている「ホンマ一郎」票の文字が透いて写つているのであり、実際は「ホンメ」の文字が存するにすぎないことが当審検証の結果と成立に争のない甲第二号証(証拠保全検証調書)添付の別表(一)の記載とを対照し明白であるから、事実の誤認に基くその主張もこれを排斥する。

(3)  「本間市郎(ほんまいちろう)」とある票は、候補者本間一郎の名の一部を誤記したもので、これに振仮名を付したのは、右投票が本間候補に対することを明確ならしめんとする趣旨に出たものと認むべく、候補者の氏名以外に他事を記載したものとはいいえないので、これを有効とすべきである。

(4)  「」とある投票の、「ホンマ」の左側に「ヤマモ」と記載してこれを抹消してあるのは(写真番号45)、初め候補者の住所を記載しようとしたのか或はその他の事項を記載するつもりであつたか即断し難いところであるけれども、何れにせよ投票者がその記載の誤を覚り、これを線引き抹消したものであつて、他意あるものとは認められないから、右投票も有効と認める。

(5)  「木間一太郎」「本間一太郎」「ほんまいちたろう」と記載された三票は、候補者本間一郎の名の記憶違いから、「太」若しくは「た」の冗字を記入し、また「木間」は「本間」を誤記したもので、何れも野沢安太郎の氏名との混記ではなく、赤泊村に「一太郎」若しくは「市太郎」名の選挙人がおつても、右投票は全体的に見て本間(注2)候補に対する有効投票とすべきこと勿論である。

(6)  原告等主張の「本門一郎」と記載した七票及び「本門」と記載した二票は、何れも文字に不馴れな者が本間候補に投票せんとしてその姓の一部を誤記したものと認むべく、その記載自体からして投票識別のためにする故意の誤記とは認められないので、有効とすべきである。

(7)  「木門一郎」とある二票及び「木ま」とある一票も、右同様の理由により有効と判定される。

(8)  単に「一郎」と記載した四票は、本間候補の名だけを記載したと見るのが相当であり、野沢候補と名の末尾「郎」が共通であるからとて、また赤泊村に一郎名の選挙人が五名存するとしても、候補者のうち一郎名を有する本間候補に宛てられたものとして、有効とすべきである。

(10)  原告等の挙示する写真番号7、8、18、19、21、28、30、37、41の各票には、それぞれ本間一郎の氏名の外に、記入文字を塗抹した部分が見受けられるけれども、その塗抹部分は誤記又は書損を訂正しただけで、他意あるものとは認められないから、他事記載には該当せず、何れも本間候補に対する有効票と認むべきである。

(11)  「ボンマ」と記載した一票(写真番号2)及び「ボンマイチロウ」と記載した一票(同3)について、

佐渡郡においては、本間姓を名乗る者は後藤姓に次いで多く、何れも「ほんま」と呼称されるけれども、「ぼんま」または「ぽんま」と呼ばれる場合が全くないことは、証人近藤庄吉、石塚石松、橘正隆の各証言に徴し明白であつて一般に文字を記載するに当り濁点または半濁点を付すべき個所にこれを遺脱することは、間々あるとしても、それを付すべからざる場合に付するのは、極めて異常であることを思えば、証人近藤庄吉、石塚石松等の供述するように、それは侮蔑的の意味を含むものと解されても致方なく、従つて右「ボンマ」「ポンマ」における濁点半濁点は候補者の氏名の外にことさら不必要の符号を付したものと見るべく、被告主張のように文字を書くのに不馴れな者が誤つて記載したと解することはできない。それ故右二票は何れも無効とせざるを得ない。

三、原告等が野沢安太郎に対する有効投票と主張する三票について、

写真番号4、5の投票には「のざわう一」「のざわういち」と記載され、同6の投票には「」と記載されおり、右「」の記載は、その字形上原告等の主張するように「野沢君」と判読することは困難であつて、むしろ被告主張のとおり「野沢卯一」若しくは「野沢宇一」と判読するのを相当とする。ところで、野沢卯市が候補者野沢安太郎の実父であることは当事者間に争いないが、野沢卯市が野沢安太郎の通称であると認めるべき資料はなにも存しない。そして、成立に争いない甲第一号証、証人羽豆太郎平、野沢安太郎の各証言によれば、本件選挙当時野沢卯市が九十一才を超える高令に達し老衰して病床にあり、一切の公職につくことなく社会的活動をしていなかつたことが認められるが、後記認定の事実と対比すれば、右事実をもつて直ちに右三票の投票が野沢安太郎の誤記であると解すべき資料となすに足りない。かえつて、野沢卯市と野沢安太郎の氏名は、氏を除く外字体、語音、読み方、その他なんら共通ないし類似するところがなく、かつ、右甲第一号証、証人羽豆太郎平、野沢安太郎の各証言によれば、野沢卯市は明治二十八年新潟県会議員に当選してから二十四年間も同議員を勤め、昭和五年には衆議院議員に当選し、その間銀行会社の重役を歴任し、昭和十一年一月二十一日隠居して家督を安太郎に譲り、昭和十七年赤泊村の郷里に帰り、昭和三十三年には同村名誉村民となつたこと、候補者野沢安太郎は戦前農会長、村会議員の職につき、昭和十五年赤泊村長、昭和十八年農業会長、昭和二十年赤泊村長となり、昭和二十六年及び昭和三十年にも同村長選挙に当選し、野沢家の当主として活躍していることが認められるから、野沢卯市と野沢安太郎はいずれも赤泊村においてあまねく知れわたつた著名な人物であつて、従つて普通ならば選挙に際しても、村民が両名を混同し又は氏名を間違えるようなことはないとみるのが相当である。故に、右三票の投票は野沢卯市に投票する意思であるか、又は、単に野沢と書くべきところを、ことさらに「ういち」等の文字を附加したかのいずれかであると解され、後の場合は他事記載として無効とすべく、いずれにせよ完全かつ明確に他人の氏名を記載した右三票の投票は野沢安太郎の有効投票と認めることはできない。

以上のとおりであるから、本件選挙における各候補者の得票数は、野沢安太郎が千五百二十一票(注3)、本間一郎が千五百二十四票となり、被告の裁決と比較して、野沢安太郎は同数本間一郎は二票を減ずることゝなるが、本間一郎の得票が多数であるとする被告の裁決は相当であり、その取消を求める本訴請求は理由がない。

よつて、本訴請求を棄却すべく、民事訴訟法第八十九条第九十三条により主文のとおり判決する。

(裁判官 二宮節二郎 奥野利一 渡辺一雄)

※(注1、2、3)の部分は、いずれも昭和三六年五月二二日付更正決定に基づき訂正表示した。

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